赤ちゃんはかわいいはずなのに、涙が止まらない。何をしても楽しくない。母親なのにこんなふうに思う自分はおかしいんじゃないか——。産後にそう感じている方に、まずお伝えしたいことがあります。

それはあなたの性格や努力不足のせいではありません。産後は、ホルモンが数日で急激に変化し、睡眠がまとまって取れなくなり、生活のすべてが一変します。この状況で心が不調をきたすのは、体に起きている変化への当然の反応です。

産後うつは、日本では産後の女性の約10〜15%、つまり10人に1人以上が経験するとされています。決してめずらしいことではなく、そして適切なサポートを受けることで回復していく状態です。

この記事では、マタニティブルーとの違い、気づきたい症状のサイン、いつまで続くのか、どこに相談すればいいのかを整理しました。ご本人だけでなく、パートナーや家族が読んでも動けるように書いています。

いま、つらい気持ちが強い方へ
  • 「自分がいないほうがいい」「消えてしまいたい」という考えが浮かぶ
  • 赤ちゃんを傷つけてしまいそうで怖い

このような気持ちがあるときは、記事を読み進めるより先に連絡してください。#7119(救急安心センター)、またはよりそいホットライン 0120-279-338(24時間・通話無料)につながります。夜間でも構いません。相談窓口の一覧はこちらにまとめています。

産後うつとは|10人に1人以上が経験します

産後うつ(産後うつ病)とは、出産後に気分の落ち込みや興味・喜びの喪失といった症状が2週間以上続き、日常生活や育児に支障が出ている状態を指します。医学的には「周産期に発症するうつ病」として位置づけられており、気持ちの問題ではなく、医療のサポートが必要な状態です。

どれくらいの人が経験するのか

国内の調査では、産後うつの発症率はおよそ10〜15%と報告されています。産婦人科の待合室に10人いれば、そのうち1人以上が経験している計算です。日本では年間約70万人が出産していますから、単純計算で毎年7万人以上が経験していることになります。

それでも「自分だけがこんなふうになっている」と感じてしまうのは、産後の生活が孤立しやすく、しかも「母親は幸せなはず」という空気の中で、つらさを口に出しにくいからです。実際には、たくさんの人が同じ場所を通っています。

いつごろ発症しやすい?

産後うつは、産後2週間ごろから3か月ごろにかけて発症することが多いとされています。特に注意したいのが、次の2つのタイミングです。

  • 退院して1〜2週間後:入院中は助産師が見守ってくれますが、自宅に戻ると急にひとりになります。24時間の授乳が始まり、睡眠が細切れになるのもこの時期です
  • 里帰りから自宅に戻ったころ:実家のサポートがなくなり、家事と育児を同時に抱えることになります。産後1〜2か月でこのタイミングを迎える方が多く、負担が一気に増えます

ただし、産後1年以内であればいつでも起こりえます。半年経ってから、あるいは職場復帰のタイミングで不調が出る方もいます。「もう産後じゃないから」と自分で線を引かないでください。

「母親なのに」と思ってしまうあなたへ
産科の現場で、産後うつの方が最初に口にする言葉はほとんど同じです。「こんなことを言ったら、母親失格だと思われますよね」。でも実際には、赤ちゃんを大切に思っているからこそ、うまくできない自分を責めてしまうのです。責める気持ちの強さは、赤ちゃんへの愛情の裏返しであることがほとんどです。

マタニティブルーとの違い

産後の気分の落ち込みには、もうひとつ「マタニティブルー(マタニティブルーズ)」と呼ばれるものがあります。この2つは似ていますが、時期・期間・重さが違います。見分けるポイントを整理します。

マタニティブルーは産後数日の一時的な変化

マタニティブルーは、産後3〜10日ごろに現れ、2週間以内に自然におさまる一時的な気分の変化です。産後の女性の約30〜50%、つまり半数近くが経験するとされ、これは病気ではなく生理的な反応と考えられています。

妊娠中に高い状態を保っていたエストロゲンとプロゲステロンが、出産を境に数日で急激に低下します。この落差が気分に影響するためで、涙もろくなる、些細なことでイライラする、不安になる、といった形で現れます。産科の入院中に「理由もないのに泣けてくる」という方が多いのは、これが理由です。

比較表で見分ける

項目 マタニティブルー 産後うつ
時期 産後3〜10日ごろ 産後2週〜3か月がピーク(1年以内はいつでも)
期間 数日〜2週間以内におさまる 2週間以上続く
頻度 約30〜50% 約10〜15%
症状の重さ 涙もろい・不安定だが、日常生活は送れる 育児や家事が手につかないなど生活に支障が出る
気分の波 良い時間帯もあり、笑えることもある 一日中どんよりして、楽しいと感じられない
対応 休養と周囲のサポートで自然に回復 医療機関・相談機関のサポートが必要

いちばん実用的な目安は「産後2週間を過ぎても続いているかどうか」です。産後2週間健診でつらさを伝えられるよう、覚えておいてください。

マタニティブルーから移行することもあります
  • マタニティブルーの症状が2週間を過ぎても軽くならない
  • いったん落ち着いたのに、退院後や里帰り終了後にまたつらくなった

この場合は、産後うつへの移行を考えて相談してください。「一度は元気になったから大丈夫なはず」と我慢してしまう方が多いのですが、そこが分かれ目になります。

窓際の木のテーブルに広げられた白紙のノートとペン、湯気の立つ温かい飲み物のマグカップ、観葉植物が置かれた静かな室内

産後うつの症状|こんなサインに気づいたら

産後うつの症状は、気持ちの面だけに現れるわけではありません。体の症状として出ることも多く、そのために「疲れているだけ」「産後だから当たり前」と見過ごされがちです。3つの方向から確認してみてください。

気持ちに現れる症状

  • 一日中気分が沈んでいる。特に朝がつらい
  • 今まで楽しめていたことに、まったく興味がわかない
  • 理由がわからないまま涙が出る
  • 些細なことでイライラして、上の子やパートナーに強く当たってしまう
  • 「自分はダメな母親だ」と自分を責め続ける
  • 漠然とした不安や恐怖感が消えない
  • 物事を決められない、集中できない

体に現れる症状

  • 赤ちゃんが寝ているのに眠れない。または眠りすぎてしまう
  • 食欲がまったくない、または止まらない
  • 体が重く、起き上がるのに強い力がいる
  • 頭痛・動悸・めまい・胃の不快感が続く
  • 体重が短期間で大きく減った

特に見落とされやすいのが「赤ちゃんが寝ているのに眠れない」という症状です。産後の睡眠不足は当たり前ですが、「眠れるチャンスがあるのに眠れない」のは、体からの明確なサインです。

育児に関して現れる症状

  • 赤ちゃんをかわいいと感じられない
  • 赤ちゃんの泣き声が耐えられないほど苦痛に感じる
  • お世話が義務や作業のように感じる
  • 赤ちゃんに何かあったらどうしようと過剰に心配し、確認をくり返す
  • 母乳がうまくいかないことで、強い罪悪感を持つ

すぐに助けを求めてほしい症状

ためらわずに連絡してください
  • 「自分がいないほうが、みんな幸せなのでは」という考えが浮かぶ
  • 死にたい、消えたいという気持ちがある
  • 赤ちゃんを傷つけてしまいそうで怖い
  • 実際に赤ちゃんに手をあげそうになった
  • 現実感がない、誰かに見られている感じがするなど、いつもと明らかに違う感覚がある

これらは「そんなことを考える自分はおかしい」と隠してしまいがちですが、医療者にとっては、すぐに支援を始めるべき重要なサインです。打ち明けたからといって、赤ちゃんと引き離されるようなことはありません。むしろ支援を受けやすくなります。相談窓口はこちら

セルフチェック|EPDSという質問票について

産科や自治体の健診で「10個の質問に答える紙」を渡されたことはありませんか。あれはEPDS(エジンバラ産後うつ病質問票)という、産後の心の状態を確認するために世界的に使われている質問票です。

EPDSで何を確認するのか

EPDSは、過去1週間の気持ちについて10項目を4段階で答える形式で、合計30点満点です。日本では9点以上が「詳しく話を聞く必要がある」目安として使われることが一般的です。質問内容は、たとえば次のようなものです。

  • 笑うことができたし、物事のおもしろい面もわかった
  • 物事を楽しみに待った
  • 物事がうまくいかないとき、自分を不必要に責めた
  • はっきりした理由もないのに不安になったり、心配した
  • 眠りにくかった
  • 悲しくなったり、みじめになった
  • 自分自身を傷つけるという考えが浮かんできた

点数はあくまで「話すきっかけ」です

大切なのは、EPDSは診断をするための道具ではないということです。点数が高いから産後うつと決まるわけではなく、低いから大丈夫というわけでもありません。実際、「心配をかけたくない」と考えて低めに答えてしまう方は少なくありません。

この質問票の本当の役割は、言葉にしづらい気持ちを、医療者と話し始めるきっかけを作ることです。健診で渡されたときは、できるだけ正直に、そのときの気持ちのまま答えてみてください。特に「自分自身を傷つけるという考えが浮かんできた」の項目に当てはまるときは、点数の合計にかかわらず必ず伝えてください。

2週間健診・1か月健診は貴重な機会です
現在、多くの自治体で産後2週間健診・1か月健診に公費助成があり、EPDSを含めた心の状態の確認が行われています。「赤ちゃんの健診」と思われがちですが、お母さんの心と体を診るための健診でもあります。体調のことだけでなく、眠れているか、気持ちが落ち込んでいないかも、遠慮なく話してください。

いつまで続く?回復までの経過

「この状態がいつまで続くのか分からない」ことが、産後うつのつらさを大きくします。見通しを持っておきましょう。

おおまかな経過

産後うつは、適切なサポートを受けた場合、数か月から半年ほどで改善していくことが多いとされています。一方で、支援を受けずに我慢を続けると、1年以上長引くこともあります。早めに相談するほど、回復までの期間は短くなる傾向があります。

回復は、ある日を境に一気に良くなるというより、次のような形で進みます。

  • まず体の症状から改善する:眠れるようになる、食べられるようになる。気持ちより先に体が戻ってきます
  • 良い日と悪い日をくり返しながら進む:「良くなった」と思った翌日にまた落ち込むことがあります。これは後戻りではなく、回復途中の自然な波です
  • 気づいたら笑えていた、という形で戻る:劇的な変化ではなく、ふと「今日は少し楽だったな」と思える日が増えていきます

「良くなったり悪くなったり」で自分を責めないこと

回復の途中で調子を崩すと、「やっぱりダメだ」「治らないんだ」と落ち込んでしまう方がとても多いです。ですが、波があるのはむしろ回復のプロセスそのものです。1日単位ではなく、2週間前・1か月前と比べてみてください。その幅で見ると、変化が見えてくることがあります。

なぜ起こる?4つの要因

産後うつは、ひとつの原因で起こるものではありません。複数の要因が重なって発症します。「自分の心が弱いから」という説明では、まったく足りません。

1. ホルモンの急激な変化

妊娠中、エストロゲンとプロゲステロンは妊娠前の数十〜数百倍にまで増えています。それが出産と胎盤の排出をきっかけに、数日のうちに妊娠前の水準まで一気に低下します。これほど急激なホルモンの変動は、人生でほかにありません。

エストロゲンには、気分を安定させるセロトニンの働きを支える作用があります。急落によってこの支えが失われることが、気分の落ち込みにつながると考えられています。生理前に気分が落ち込むPMSPMDDと、しくみの一部は共通しています。女性ホルモンのバランスが心に与える影響は、想像以上に大きいものです。

2. 睡眠不足の蓄積

新生児期は2〜3時間おきの授乳が続き、まとまった睡眠が取れません。睡眠不足は、それ自体が気分の落ち込みや判断力の低下を招きます。健康な人でも数日続けば影響が出るものが、産後は数か月にわたって続きます。

「気力の問題」に見えることの多くは、実は睡眠不足による生理的な変化です。だからこそ、後述するようにまとまって眠る時間を確保することが、そのまま治療になります

3. サポート不足と孤立

日中ひとりで赤ちゃんと過ごし、大人と会話しない日が続く。パートナーの帰りが遅い。実家が遠い。こうした状況は、産後うつのリスクを明確に高めます。

核家族化と地域のつながりの希薄化により、現代の育児は歴史的に見てもきわめて孤立しやすい形になっています。かつては家族や近隣が分担していたことを、ひとりまたは夫婦だけで担っているのが今の育児です。つらくなるのは、当然の構造だと言えます。

4. 「母親らしさ」のプレッシャー

「母乳で育てるべき」「母親なら自然に愛情がわくはず」「泣かせておくのはかわいそう」。こうした言葉に、産後の心はとても影響を受けます。SNSで他の家庭の様子が目に入ることも、比較のきっかけになります。

理想と現実のギャップが自責につながり、それがさらに気分を落ち込ませる——という循環が起こりやすいのが産後という時期です。

産後うつになりやすい人の特徴

次のような背景がある方は、産後うつのリスクが高いことが知られています。当てはまるからといって必ず発症するわけではありませんが、あらかじめ支援体制を整えておくことが有効です。

分類 具体的な特徴
既往に関するもの うつ病や不安障害の経験がある/過去の妊娠で産後うつになった/PMDDなど月経前の不調が強い
妊娠・出産に関するもの 妊娠中から不安が強かった/望んだ出産の形にならなかった/妊娠高血圧症候群など妊娠中の合併症があった/早産・低出生体重児・NICU入院/多胎
環境に関するもの パートナーの協力が得られにくい/実家など頼れる人が近くにいない/経済的な不安がある/引っ越し直後
性格傾向 完璧主義・責任感が強い/人に頼るのが苦手/弱音を吐けない
育児の状況 母乳育児がうまくいかない/赤ちゃんがよく泣く・寝つきにくい/上の子が幼く手がかかる

この表を見て気づいてほしいのは、ほとんどが本人の努力ではどうにもならない条件だということです。責任感が強いことも、赤ちゃんがよく泣くことも、あなたが選んだことではありません。

「もしかして」と思ったら|相談先と受診の流れ

「病院に行くほどではない気がする」と感じて、相談が遅れる方がとても多いです。ですが、産後の心の相談はハードルを低く設定してある窓口がいくつもあります。順番に見ていきましょう。

ステップ1:話しやすいところから相談する

相談先 内容
市区町村の保健センター・子育て世代包括支援センター 保健師が対応。無料。産後ケア事業や訪問支援につないでもらえる。まずここが第一候補
出産した産婦人科 2週間健診・1か月健診で相談できる。必要に応じて専門機関を紹介してもらえる
新生児訪問・こんにちは赤ちゃん訪問 助産師・保健師が自宅に来る。この場でつらさを話すのがもっとも自然
産後ケア事業 宿泊・日帰りで休養しながら相談できる。自治体の補助あり

「何と言えばいいか分からない」という方は、「産後、気持ちが落ち込んでいて、眠れない日が続いています」という一文だけで十分です。あとは相手が聞いてくれます。

ステップ2:医療機関を受診する

症状が2週間以上続いている、生活に支障が出ている、という場合は精神科・心療内科の受診を検討します。受診先に迷うときは、保健センターや産婦人科から紹介してもらうのが確実です。「周産期メンタルヘルス」に対応している医療機関を紹介してもらえると、産後特有の事情を理解した対応が受けられます。

受診の際は、母子健康手帳とEPDSの結果(あれば)を持参してください。赤ちゃんを連れて行けるか不安な場合は、予約時に「乳児を連れて行きたい」と伝えると、対応可能かどうか教えてもらえます。

授乳中の薬について

「薬を飲むと授乳できなくなるから受診したくない」——これは非常によく聞く不安です。ここは正確に知っておいてください。

授乳と薬について知っておきたいこと
  • 抗うつ薬のなかには、授乳を続けながら使用できるとされているものがあります。すべての薬で授乳を中止する必要はありません
  • 薬を使うかどうかは、症状の程度や本人の希望を含めて医師と相談して決めます。受診=必ず服薬、ではありません
  • 判断に迷うときは「妊娠と薬情報センター」(国立成育医療研究センター)など、専門の相談窓口があります
  • 自己判断で市販薬やサプリメントを使うのではなく、必ず医師に相談してください

授乳を続けたい気持ちも、大切な希望のひとつです。受診時に「できれば授乳を続けたい」と正直に伝えてください。それを踏まえた選択肢を一緒に考えてもらえます。

明るいリビングのソファで、寄り添って座りながら穏やかに話している30代前半の日本人カップルの後ろ姿

治療とサポートの選択肢

産後うつへの対応は、薬だけではありません。いくつかの方法を組み合わせて、その方に合う形を探していきます。

休養と環境調整|まず「眠る」ことから

もっとも基本であり、もっとも効果が期待できるのがまとまった睡眠を確保することです。産後うつの改善において、睡眠は精神論ではなく治療の一部として扱われます。

  • 夜間の授乳を1回だけでもパートナーに代わってもらい、連続3〜4時間眠る日をつくる
  • その間は耳栓をする、別室で寝るなど、物理的に起きない工夫をする
  • 搾母乳やミルクを使うことに罪悪感を持たない。「眠ること」が今の最優先事項です
  • 家事の基準を下げる。掃除や料理は、回復してから取り戻せます

カウンセリング・心理療法

専門家との対話を通じて、考え方のくせや自責のパターンを整理していく方法です。認知行動療法や対人関係療法などが用いられ、薬を使わない選択肢としても、薬と併用する形でも行われます。自治体の相談事業や医療機関で受けられます。

薬による治療

症状が重い場合や、休養だけでは改善が難しい場合には、医師の判断で薬が使われることがあります。前述のとおり、授乳との両立が可能な選択肢もあります。効果が感じられるまでに2〜4週間ほどかかることが多いため、すぐ変化がなくても自己判断で中止しないことが大切です。気になることは必ず主治医に相談してください。

産後ケア事業・訪問支援の活用

2024年度から全国の自治体で実施が努力義務となった産後ケア事業は、産後うつの予防と回復のために非常に有効な仕組みです。宿泊型・日帰り型・訪問型があり、助産師のサポートを受けながら休養できます。自治体の補助により、自己負担が数千円程度になることが多いです。

「体調が悪くないと使えないのでは」と遠慮する方がいますが、休養と育児不安の軽減が目的の事業です。眠れていない、気持ちがつらい、というだけで十分な利用理由になります。産後の体の回復と合わせて相談してみてください。

パートナー・家族ができること

ここからは、支える側に読んでいただきたい内容です。産後うつの回復において、身近な人の関わり方は非常に大きな要素になります。

避けたい声かけ

避けたい言葉 なぜ避けたいか
「みんな通る道だよ」 今のつらさを軽く扱われたと感じ、相談をやめてしまいます
「気の持ちようだよ」「頑張って」 すでに限界まで頑張っている状態です。さらなる努力を求められると追い詰められます
「赤ちゃんがかわいそう」 もっとも強く自分を責めている部分を刺激します
「手伝おうか?」 悪意はなくても「育児は妻の担当」という前提が伝わります。また、何を頼むか考える負担が生まれます
「寝てていいよ」(と言うだけ) 泣き声が聞こえる環境では眠れません。実際に赤ちゃんを別室で預かる行動が必要です

具体的に助かる行動

  • 夜間授乳を1回引き受ける:搾母乳やミルクで対応し、その間はしっかり眠ってもらう。現場で「これがいちばん助かった」と言われることの多い支援です
  • 「何かある?」ではなく、決めて動く:「今日の夕飯は買って帰る」「日曜の午前は自分が見るから出かけてきて」のように、判断ごと引き受けます
  • ひとりの時間を確保する:2〜3時間でも、赤ちゃんから完全に離れる時間をつくる
  • 話を聞くときは、解決しようとしない:アドバイスより「そうだったんだね」「つらかったね」と受け止めるほうが、気持ちがほぐれやすいと言われています
  • 受診に付き添う:ひとりで乳児を連れて受診するのは大きな負担です。付き添いは強力な支援になります
  • 変化に気づいたら言葉にする:「最近眠れてないみたいだけど、大丈夫?」と先に聞くことで、本人が言い出しやすくなります
支える人が「気づく」ことの意味
産後うつの方は、自分から「助けて」と言うことが難しい状態にあります。「迷惑をかけたくない」「母親失格だと思われたくない」という気持ちが強く働くためです。だからこそ、周囲が先に気づいて、先に動くことに大きな意味があります。「相談してみない? 一緒に行くよ」という一言が、受診のきっかけになることは少なくありません。

妊娠中からできる予防|「産んでから考える」では遅い

産後うつは、産後になってから対策するより、妊娠中に準備しておくほうがはるかに効果的です。産後は申請書類を読む気力すら残っていないためです。妊娠後期に、次の5つだけでも進めておいてください。

1. 支援サービスを「登録まで」済ませておく

産後ケア事業もファミリー・サポート・センターも、多くの自治体で事前登録が必要です。産後に「使いたい」と思っても、そこから登録して面談して…では間に合いません。妊娠中に登録だけ済ませておけば、必要になった日に電話一本で使えます。母子健康手帳を受け取るときに、まとめて聞いてしまうのが効率的です。

2. 「夜間授乳の分担」を具体的に決めておく

「協力する」という抽象的な約束は、産後にほぼ機能しません。「何曜日の何時から何時までは、どちらが対応するか」まで決めておいてください。搾乳器や哺乳瓶を事前に用意し、パートナーが1回でも授乳できる体制を作っておくことが、産後の睡眠を守ります。

3. 家事の外注先を先に契約しておく

食事の宅配サービス、家事代行、ネットスーパー。産後に比較検討する余力はないので、妊娠中に登録・初回注文まで済ませておくと、そのまま使えます。「使わなかったら解約すればいい」くらいの気持ちで構いません。

4. 相談先の連絡先をスマホに登録しておく

この記事の相談窓口一覧を、いまスマホの連絡先に登録しておいてください。つらくなってから調べるのは、想像以上に難しい作業です。「探さなくても押せる状態」にしておくことが、いざというときの分かれ目になります。

5. 既往がある場合は、妊娠中に主治医へ伝えておく

うつ病や不安障害の経験がある方、月経前の不調が強い方は、妊娠中の段階で産科の主治医に伝えておいてください。産後の見守りが手厚くなり、必要なときにすぐ専門機関へつないでもらえます。「今は落ち着いているから言わなくていい」と考えず、経過として共有しておくことが大切です。

上の子がいる場合|負担が二重になる時期を乗り切る

2人目以降の産後うつで、もっとも多く聞くのが「上の子への対応がつらい」という声です。新生児の授乳で睡眠が削られている状態で、赤ちゃん返りやイヤイヤ期に向き合うことになります。ここは根性ではどうにもならない領域なので、具体的な工夫を挙げます。

上の子の赤ちゃん返りへの対応

  • 時間の長さより「独占できる時間」をつくる:1日10分でも、赤ちゃんを別室に預けて上の子だけと過ごす時間のほうが、長時間一緒にいるより満たされることが多いです
  • 「お姉ちゃんだから」を使わない:役割を求められると不安が強まります。上の子もまだ小さい子どもです
  • 甘えを一時的に許容する:抱っこの要求やおむつへの逆戻りは、一時的なものであることがほとんどです。今は矯正の時期ではありません
  • 授乳中に構ってあげられる仕組みを作る:授乳のときだけ見られる動画や、その時間専用のおもちゃを用意しておくと、罪悪感が減ります

物理的に負担を減らす選択肢

制度・サービス 内容
保育所の「育休中の継続利用」 上の子がすでに保育所に通っている場合、育休中も継続して預けられる自治体が多い。退園が必要と思い込んで自主的に辞めてしまう方がいるので、必ず確認を
一時預かり・一時保育 保育所や子育て支援センターで数時間単位の預かり。産後の休養目的でも利用できる
ファミリー・サポート・センター 上の子の送迎や短時間の預かり。事前登録が必要
幼稚園の預かり保育 通常保育の後に延長で預かってもらえる。出産・産後を理由に利用できる園も多い

上の子を預けることに罪悪感を持つ必要はありません。お母さんが休めることは、結果として上の子に向き合う余裕を取り戻すことにつながります。

お金の不安と、使える制度

産後うつの背景に経済的な不安があるケースは少なくありません。休むために仕事を離れることへの心配、受診費用への不安。ここも「知らないだけで使えなかった」ということが起こりやすい領域です。

制度 内容
自立支援医療(精神通院医療) 精神科・心療内科への通院にかかる医療費の自己負担が原則1割に軽減される制度。産後うつも対象になりうる。申請は市区町村の窓口で、医師の診断書が必要
傷病手当金 健康保険の被保険者が病気で働けない場合に支給される。育児休業給付金とは同時受給できないが、育休終了後も復職できない状態が続く場合などに検討できる。加入している健康保険組合に確認を
育児休業の延長 保育所に入れないなど一定の要件を満たす場合、育児休業を最長2歳まで延長できる。体調を理由とした働き方の相談は勤務先の人事へ
高額療養費制度 入院が必要になった場合など、医療費が一定額を超えたときに払い戻される
産後ケア事業の利用料減免 自治体によっては住民税非課税世帯などで自己負担がさらに軽減される。申し込み時に確認を

制度は自分から申請しないと使えないものがほとんどです。「こういう制度は使えますか」と窓口で聞くだけで構いません。調べ尽くしてから相談する必要はなく、保健センターの保健師に事情を話せば、使える制度を一緒に整理してもらえます。

パートナー(父親)の産後うつ

あまり知られていませんが、産後うつは母親だけに起こるものではありません。国内の調査では、産後の父親のおよそ10%前後に、同程度の抑うつ状態が見られると報告されています。母親と同時期に発症することも多く、その場合は家庭全体の負担が急激に大きくなります。

父親側の要因としては、次のようなものが挙げられます。

  • 生活の激変と睡眠不足(ホルモン変化はなくても、睡眠不足は同様に起こります)
  • 経済的責任へのプレッシャー
  • パートナーを支えなければという緊張が続く
  • 「男性は弱音を吐くべきでない」という規範により、相談先がない
  • 職場で育児の状況を理解されにくい

父親が不調を抱えたままでは、母親を支えることもできません。支える側も支援の対象です。自治体の相談窓口は父親も利用できますし、心療内科の受診も同様です。「自分が倒れるわけにいかない」と抱え込まず、早めに相談してください。

相談窓口一覧

「どこに連絡すればいいか分からない」という状態を避けるため、主な窓口をまとめます。スクリーンショットを撮っておくか、スマホの連絡先に登録しておくと、いざというときに動けます。

窓口 内容・連絡先
市区町村の保健センター/子育て世代包括支援センター 産後の心と体の相談全般。産後ケア事業の申し込みもここ。無料。「(お住まいの市区町村名) 子育て世代包括支援センター」で検索
よりそいホットライン 0120-279-338(24時間・通話無料)。どんな悩みでも相談可能
こころの健康相談統一ダイヤル 0570-064-556。各都道府県の公的な相談窓口につながる
救急安心センター事業 #7119。受診すべきか迷うときに看護師等が相談に応じる(実施地域のみ)
出産した産婦人科 2週間健診・1か月健診での相談のほか、電話相談も可能な施設が多い
妊娠と薬情報センター(国立成育医療研究センター) 妊娠中・授乳中の薬について専門的な相談ができる
連絡することをためらわないでください
  • 「こんなことで電話していいのか」と思う内容ほど、相談する価値があります
  • 相談したことで赤ちゃんと引き離される、という心配は不要です。支援につなげることが目的です
  • ご本人が電話しづらいときは、パートナーや家族が代わりに相談しても構いません

よくある質問

Q 産後うつがいちばん多い時期はいつですか?

A.産後2週間ごろから3か月ごろがもっとも多い時期です。特に退院して1〜2週間後里帰りから自宅に戻った直後は、サポートが急に減るため注意が必要です。ただし産後1年以内であればいつでも起こりえます。職場復帰のタイミングで不調が出る方もいます。

Q 産後うつになりやすいタイプはありますか?

A.完璧主義で責任感が強い方、人に頼るのが苦手な方はリスクが高いとされています。またうつ病の既往、月経前の不調(PMDD)が強い方、妊娠中の合併症があった方、サポートが得られにくい環境の方も該当します。ただし、これらに当てはまらない方でも発症します。「自分は大丈夫なタイプ」と思い込まないことが大切です。

Q 産後のメンタルがボロボロなのは、病気なのでしょうか?

A.産後数日〜2週間以内の不安定さは、多くの場合マタニティブルーという生理的な変化で、病気ではありません。一方、2週間以上続き、生活に支障が出ている場合は産後うつの可能性があり、サポートが必要な状態です。どちらか判断がつかないときは、病名を気にせず保健センターや産婦人科に相談してください。「病気かどうか」を自分で決める必要はありません。

Q 受診したら、赤ちゃんと引き離されたりしませんか?

A.相談したことを理由に赤ちゃんと引き離されることはありません。支援の目的は、お母さんが回復し、親子が安心して過ごせるようにすることです。むしろ相談することで、産後ケアやヘルパーなど使える支援が増えます。この不安から相談をためらう方が多いので、はっきりお伝えしておきます。

Q 2人目なのに産後うつになりました。1人目は平気だったのに…

A.珍しいことではありません。2人目以降は、上の子の世話が加わって睡眠と休養がさらに削られます。年齢が上がっていること、周囲が「経験者だから大丈夫」と支援を控えてしまうことも影響します。「前は平気だったのに」と自分を責める必要はまったくありません。状況が違えば結果も変わります。

Q 産後うつは、放っておいても自然によくなりますか?

A.時間の経過とともに軽くなる方もいますが、放置すると長引きやすいことが知られています。支援を受けた場合は数か月から半年程度で改善していくことが多い一方、我慢を続けると1年以上続くこともあります。「そのうち良くなる」と待つより、早めに相談したほうが回復までの期間は短くなる傾向があります。

Q 母乳が出ないことがつらくてたまりません。

A.母乳の悩みは、産後うつの引き金として非常に多いものです。母乳の分泌量には個人差があり、努力や気持ちの強さで決まるものではありません。ミルクを使うことは選択肢のひとつであり、失敗ではありません。お母さんが眠れて笑顔でいられることのほうが、赤ちゃんにとって大きな意味を持ちます。母乳外来や助産師に相談すると、気持ちが軽くなることも多いです。

Q 妻が産後うつかもしれません。本人は認めたがりません。

A.まず、病名で説得しようとしないでください。「うつなんじゃない?」という言い方は反発を招きます。かわりに具体的な事実を伝えるのが有効です。「最近あまり眠れてないよね」「食べる量が減ってる気がする」。そのうえで「一緒に相談に行ってみない?」と誘ってください。ご本人が動けないときは、パートナーが代わりに保健センターへ相談することもできます

まとめ

産後うつは、ホルモンの急激な変化・睡眠不足・孤立・プレッシャーが重なって起こるもので、性格や努力の問題ではありません。そして、支援を受けることで回復していく状態です。

この記事のポイントまとめ
  • 産後うつは産後の女性の約10〜15%が経験する。10人に1人以上の身近な状態
  • マタニティブルーとの違いは「産後2週間を過ぎても続いているか」
  • 発症のピークは産後2週〜3か月。退院直後と里帰り終了後が要注意
  • 「赤ちゃんが寝ているのに眠れない」は見逃されやすい重要なサイン
  • EPDSは診断ではなく、気持ちを話すきっかけをつくるための質問票
  • 「消えたい」「赤ちゃんを傷つけそう」と感じたら、その時点ですぐ連絡する
  • まとまった睡眠を確保することは、精神論ではなく回復の柱
  • 授乳を続けながら使用できるとされる薬もある。受診=断乳ではない
  • 相談は保健センター・子育て世代包括支援センターが第一候補。無料
  • 支える側は「手伝おうか」ではなく、判断ごと引き受けて動く
  • 予防は妊娠中から。産後ケアやファミサポは「登録まで」済ませておく
  • 上の子の保育所は育休中も継続利用できる自治体が多い。自主的に辞めない
  • 自立支援医療で通院費の自己負担が軽減されることがある。窓口で相談を
  • 父親も約10%前後が同様の状態になる。支える側も支援の対象

最後にもうひとつ。産後うつの相談を受けていて感じるのは、多くの方が「自分より大変な人がいるのに」と、つらさを比べてしまうということです。ですが、つらさに順番はありません。あなたが今しんどいなら、それは支援を受ける十分な理由です。

赤ちゃんにとって、いちばん必要なのは完璧な母親ではなく、健康なあなたです。回復のために誰かの手を借りることは、赤ちゃんのためでもあります。どうか、ひとりで抱えないでください。

この記事を書いた人

白石まい(助産師・フェムテックエキスパート)

産婦人科病院で13年間、助産師として延べ2,000件以上の分娩に立ち会う。生理・妊活・更年期など、女性のライフステージに寄り添った健康相談を得意とする。現在はフリーランス助産師として活動しながら、フェムテックエキスパートとして「女性が自分の体をもっと好きになれる社会」を目指してfemnoteで情報を発信中。

参考文献

  • 日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会「産婦人科診療ガイドライン 産科編」(産褥精神障害の項)
  • 日本周産期メンタルヘルス学会「周産期メンタルヘルス コンセンサスガイド」
  • 厚生労働省「産前・産後サポート事業ガイドライン/産後ケア事業ガイドライン」
  • 厚生労働省「妊産婦のメンタルヘルスケアに関する取組について」
  • 国立成育医療研究センター「妊娠と薬情報センター」
  • Cox JL, Holden JM, Sagovsky R. "Detection of postnatal depression: Development of the 10-item Edinburgh Postnatal Depression Scale." British Journal of Psychiatry.
  • WHO "WHO recommendations on maternal and newborn care for a positive postnatal experience".