妊婦健診で「血圧が少し高いですね」と言われたとき、多くの方は最初、あまりピンとこないと思います。痛くもかゆくもなく、体調も悪くない。それなのに次の健診では「入院して様子を見ましょう」と言われることがある——これが妊娠高血圧症候群という状態の、いちばん厄介なところです。

妊娠高血圧症候群は、妊婦さんのおよそ20人に1人が経験するとされ、決して珍しくありません。けれど同時に、母体と赤ちゃんの命に関わりうる、産科でもっとも注意深く見ている合併症のひとつでもあります。

この記事では、診断基準の数値の意味から、自覚症状が出にくい理由、見逃してはいけない危険なサイン、そして日常生活で何に気をつければいいのかまでを、順を追って整理していきます。「怖い病気」として身構えるためではなく、正しく警戒し、正しく安心するための情報としてお読みください。

妊娠高血圧症候群とは|「妊娠中毒症」から変わった名前

妊娠高血圧症候群の定義

妊娠高血圧症候群(HDP:Hypertensive Disorders of Pregnancy)とは、妊娠20週以降から分娩後12週までのあいだに高血圧が認められる状態を指します。高血圧に加えてタンパク尿や臓器の障害を伴うかどうかで、いくつかの病型に分かれます。

ポイントは「妊娠20週以降」という時期です。妊娠20週より前から高血圧がある場合は、もともと高血圧を持っていた(高血圧合併妊娠)と考えます。

「妊娠中毒症」との違い

年配のご家族から「妊娠中毒症に気をつけなさい」と言われた方も多いのではないでしょうか。妊娠中毒症は、2005年に「妊娠高血圧症候群」へと名称・定義が変更された、かつての呼び方です。

以前の妊娠中毒症は「高血圧・タンパク尿・むくみ」の3つを柱としていましたが、その後の研究でむくみの有無は母体や赤ちゃんの予後にほとんど関係しないことがわかり、診断の柱から外れました。現在は高血圧を中心に据えた考え方に整理されています。ネット上には古い基準のまま書かれた情報も残っているため、「むくみがないから大丈夫」と判断しないよう注意してください。

4つの病型

妊娠高血圧症候群は、以下の4つに分類されます。診察時に医師が使う言葉として出てくることがあるので、意味を知っておくと理解が進みます。

病型 どんな状態か
妊娠高血圧腎症 妊娠20週以降の高血圧+タンパク尿、または臓器障害・胎児発育不全を伴うもの。もっとも注意が必要な病型
妊娠高血圧 妊娠20週以降の高血圧のみで、タンパク尿や臓器障害を伴わないもの
加重型妊娠高血圧腎症 もともと高血圧や腎臓病があった方が、妊娠によって悪化した状態
高血圧合併妊娠 妊娠前または妊娠20週までにすでに高血圧があった状態

どのくらいの人がなるのか

日本での発症頻度は全妊婦さんの約5%前後、20人に1人程度と報告されています。初産婦さんではさらに高くなります。妊娠後期の健診で血圧測定が毎回行われているのは、この状態を早期に拾い上げるためです。

診断基準|血圧の数値とタンパク尿

高血圧の基準となる数値

妊娠中の高血圧は、以下の数値で判断されます。

区分 収縮期血圧(上) 拡張期血圧(下)
高血圧 140mmHg 以上 または 90mmHg 以上
重症 160mmHg 以上 または 110mmHg 以上

注意したいのは「または」という点です。上か下のどちらか一方が基準を超えていれば高血圧と判断されます。「上は130だから大丈夫」と思っていても、下が95あれば該当します。

タンパク尿の基準

タンパク尿は、24時間の尿で300mg以上、または尿検査での試験紙法で繰り返し陽性が出る場合に有意と判断されます。健診の尿検査で「+(プラス)」がついたときに再検査を求められるのは、このためです。

タンパク尿は、腎臓の血管がダメージを受けているサインです。妊娠高血圧腎症へ進んでいる可能性を示すため、血圧の数値と同じくらい重視されます。

タンパク尿がなくても診断されることがあります

2018年の基準改定により、タンパク尿がなくても、以下のような状態があれば妊娠高血圧腎症と診断されるようになりました。

  • 肝機能障害(血液検査での肝酵素の上昇)
  • 腎機能障害(血液検査でのクレアチニン上昇)
  • 血小板減少、溶血などの血液の異常
  • 脳や視覚の症状(頭痛、目のちらつきなど)
  • 子宮胎盤機能不全(胎児発育不全、羊水過少、血流の異常)

「尿検査は問題なかったのに入院と言われた」というケースは、こうした血液検査や超音波の所見が背景にあることが少なくありません。

家庭血圧を正しく測るコツ

診察室では緊張で血圧が上がる方(白衣高血圧)もいれば、逆に自宅でだけ高い方(仮面高血圧)もいます。そのため、家庭での血圧測定は診断・管理においてとても重要な情報になります。

  • 上腕で測るタイプの血圧計を使う(手首式は誤差が出やすい)
  • 朝は起床後1時間以内、排尿後、朝食・薬の前に測る
  • 夜は就寝前に測る
  • 椅子に座り、1〜2分安静にしてから測る
  • カフ(腕帯)は心臓と同じ高さに、素肌または薄い衣類の上から巻く
  • 1回の測定につき2回測り、両方を記録する

測った数値は必ず記録して健診に持参してください。1回だけの高い数値より、毎日の推移のほうがはるかに多くの情報を医師に伝えます。

症状|自覚症状が出にくいことがいちばんの怖さ

初期はほとんど無症状です

妊娠高血圧症候群でもっとも知っておいていただきたいのは、初期の段階では自覚症状がほとんどないことです。血圧が140/90を超えていても、体調はいつもどおりということが普通にあります。

だからこそ、「調子が悪くないから健診を1回飛ばしても大丈夫」という判断が危険になります。健診は、症状のない段階で見つけるために組まれています。

むくみは診断基準から外れましたが、油断は禁物です

前述のとおり、むくみ(浮腫)は現在の診断基準には含まれていません。妊娠後期に足がむくむのは、多くの方に見られる生理的な変化だからです。

ただし、朝起きたときに顔やまぶたがむくんでいる、手の指が曲げにくいほど腫れる、靴が急に入らなくなったといった急激な変化は、体に水分が異常にたまっているサインのことがあります。むくみ単独では診断されませんが、他の所見と合わせて重要な手がかりになります。

急激な体重増加

1週間で500g以上、特に1週間で1kg以上の体重増加があった場合、食べすぎではなく水分貯留の可能性があります。健診での体重測定は、単に太りすぎを見ているのではなく、こうした変化を捉える目的もあります。

見逃してはいけない危険なサイン

以下の症状は、妊娠高血圧症候群が重症化しているサインの可能性があります。ひとつでも当てはまる場合は、健診日を待たずにすぐ連絡してください。

すぐに医療機関へ連絡してください
これまでにない強い頭痛(薬を飲んでも治まらない)
目がチカチカする、視野がぼやける、光が飛んで見える
みぞおちや右の肋骨の下あたりが痛む(HELLP症候群のサインのことがあります)
吐き気・嘔吐が急に強くなった(つわりの時期を過ぎているのに)
けいれん、意識がもうろうとする(子癇の可能性・救急対応が必要です)
急に強いむくみが出た、尿の量が明らかに減った
胎動が急に減った、感じなくなった

「大げさかもしれない」と遠慮する必要はまったくありません。産科の窓口は、こうした連絡を受けるためにあります。夜間でも迷わず電話してください。

特に、みぞおちの痛みは胃の不調と間違えられやすく、受診が遅れがちな症状です。妊娠後期に突然みぞおちが痛くなった場合は、胃薬を飲む前にまず産科へ相談してください。頭痛については 妊娠初期の頭痛|原因と危険なサイン でも、注意すべき頭痛の見分け方を扱っています。

なぜ起こるのか|原因のしくみ

根本にあるのは「胎盤の血管がうまく作られないこと」

妊娠高血圧症候群の発症メカニズムは完全には解明されていませんが、妊娠初期に子宮の血管が十分に作り変えられず、胎盤への血流が不足することが出発点だと考えられています。

通常、妊娠すると子宮の細い動脈は太く柔らかい血管へと作り変えられ、胎盤へ大量の血液を送れるようになります。この作り変えがうまくいかないと、胎盤は「血が足りない」状態に置かれます。

すると胎盤は、血流を増やそうとして血管を収縮させる物質を全身に放出します。その結果、お母さんの全身の血管が縮こまり、血圧が上がる——これが妊娠高血圧症候群の中心的なしくみです。血管の内側(血管内皮)が傷つくことで、腎臓からタンパクが漏れ出したり、肝臓や脳に障害が及んだりします。

なぜ妊娠20週以降に現れるのか

胎盤の血管の作り変えは妊娠初期に起こりますが、赤ちゃんが急速に大きくなり胎盤への血流需要が高まるのは妊娠中期以降です。そのため、問題が表面化するのは妊娠20週を過ぎてから、多くは妊娠32週以降になります。

発症時期は重症度とも関係します。妊娠34週未満で発症する「早発型」は、34週以降の「遅発型」に比べて重症化しやすいことが知られています。

「体重が増えすぎたから」だけではありません

妊娠高血圧症候群と診断されると、「体重管理を頑張らなかったせいだ」と自分を責める方がいらっしゃいます。確かに肥満はリスク因子のひとつですが、根本にあるのは妊娠初期の胎盤形成という、自分ではコントロールできない現象です。

体重増加が推奨範囲内だった方、塩分に気をつけていた方でも発症します。診断は生活態度の評価ではありません。妊娠初期に流産しやすい行動は本当にあるのか でも触れていますが、妊娠のトラブルを自責で説明しようとすると、必要な行動(早めの受診)が遅れてしまうことがあります。

上腕式の家庭用血圧計と記録用のノート、ペン、水の入ったグラスが並ぶ明るい木のテーブル

妊娠高血圧症候群になりやすい人

以下はリスク因子として知られているものです。あてはまる方は健診での血圧測定・尿検査を特に大切にしてください。ただし、あてはまらない方でも発症します

初めての妊娠(初産婦)

初産婦さんは経産婦さんに比べて発症率が高いことが知られています。子宮の血管の作り変えが初めて行われるためと考えられています。

40歳以上の妊娠

年齢が上がるほど血管の柔軟性が低下するため、リスクが高くなります。35歳以上でもやや高まります。

妊娠前の肥満(BMI 25以上)

肥満は血管に負担をかけ、炎症を起こしやすい状態をつくります。妊娠前のBMIが高いほどリスクは上がります。

多胎妊娠(双子・三つ子)

胎盤が大きい、または複数あるぶん、母体の循環への負担が大きくなります。多胎妊娠は明確なハイリスク因子です。

持病がある場合

もともとの高血圧、腎臓病、糖尿病、抗リン脂質抗体症候群やSLEなどの膠原病がある方はリスクが高く、妊娠前からの管理が重要になります。

前回の妊娠で発症した/家族歴がある

過去の妊娠で妊娠高血圧症候群を経験した方の再発率は、報告により幅がありますがおおむね15〜25%程度とされています。また、母親や姉妹に既往がある場合もリスクが高まります。

妊娠糖尿病を合併している

妊娠糖尿病があると妊娠高血圧症候群の発症率が上がることが知られており、両者はしばしば併存します。詳しくは 妊娠糖尿病とは|数値の基準・食事・赤ちゃんへの影響 をご覧ください。

その他

  • 体外受精・顕微授精による妊娠
  • 前回の妊娠から10年以上の間隔が空いている
  • 妊娠高血圧症候群の既往のあるパートナーとの妊娠
  • 過去に胎児発育不全や常位胎盤早期剥離を経験している

お母さんと赤ちゃんへの影響

ここは不安が集まる部分だと思います。事実を正確にお伝えしますが、これらは管理されないまま重症化した場合に起こりうることであり、健診を受けて適切に管理されていれば大半は防げます。

お母さんへの影響

  • 子癇(しかん):けいれん発作を起こす状態。妊娠中・分娩中・産後いずれにも起こりえます。もっとも警戒される合併症のひとつです
  • HELLP症候群:溶血・肝酵素上昇・血小板減少が同時に起こる重篤な状態。みぞおちや右上腹部の痛みが典型的なサインです
  • 常位胎盤早期剥離:赤ちゃんが生まれる前に胎盤がはがれてしまう緊急事態。強い腹痛と出血を伴います
  • 脳出血:血圧が極端に高くなった際のリスク。重症域(160/110以上)で降圧薬が使われるのはこれを防ぐためです
  • 肺水腫・腎機能障害・肝機能障害

赤ちゃんへの影響

  • 胎児発育不全(FGR):胎盤からの栄養・酸素が不足し、赤ちゃんの成長がゆるやかになります
  • 羊水過少:赤ちゃんの腎血流が減り、尿量が減ることで羊水が少なくなります
  • 胎児機能不全:おなかの中での状態が悪化し、緊急の分娩が必要になることがあります
  • 早産:母体・胎児の状態を守るために、予定より早く出産することがあります
  • 低出生体重とそれに伴う新生児期の管理

なぜ早産・帝王切開になるのか

妊娠高血圧症候群では、赤ちゃんを取り出すことでしか状態が根本的に改善しません。そのため、母体の状態が危険な水準に近づいた場合や、赤ちゃんがおなかの中にいるほうがリスクが高いと判断された場合、妊娠週数を待たずに分娩となります

血圧が高い状態での長時間の陣痛は母体に負担が大きいため、重症の場合は帝王切開が選ばれることが多くなります。一方、状態が安定していて分娩誘発に耐えられると判断されれば、経腟分娩を目指すこともあります。妊娠後期の経過については 妊娠9ヶ月(32〜35週)の体と赤ちゃんの様子 もあわせてご覧ください。

診断されたらどうなる?管理と治療

根本的な治療は「出産すること」だけです

これは知っておいていただきたい重要な事実です。妊娠高血圧症候群の原因は胎盤にあるため、胎盤が体から出る(=出産する)ことでしか根本的には治りません

そのため妊娠中の管理は「治す」ためではなく、赤ちゃんが外に出ても安全に育てられる週数まで、母体の状態を安定させながら時間を稼ぐことが目的になります。「なぜ薬で治さないのか」という疑問の答えがここにあります。

安静と入院管理

軽症であれば、自宅安静と家庭血圧の記録、健診の間隔を短くして経過を見ます。血圧が高い状態が続く場合や、タンパク尿・血液検査の異常が出てきた場合は入院となります。

入院では、血圧の頻回測定、血液・尿検査、胎児心拍モニタリング(NST)、超音波での赤ちゃんの発育と血流の確認などが定期的に行われます。「入院=重症」ではなく、変化を早く捉えるための場所と考えてください。

降圧薬|妊娠中に使える薬・使えない薬

血圧が重症域(160/110mmHg以上)になると、脳出血などを防ぐために降圧薬が使われます。妊娠中に使用される代表的な薬には、メチルドパ、ラベタロール、ニフェジピン、ヒドララジンなどがあります。

一方、ACE阻害薬・ARBといった一部の降圧薬は胎児に影響を及ぼすため、妊娠中は使用されません。妊娠前から高血圧の治療を受けている方は、妊娠がわかった時点で必ず処方医に伝え、薬の切り替えを相談してください。妊活中の方は、妊娠前の段階で相談しておくのが理想です。

血圧を下げすぎないことも大切です
妊娠中の降圧治療は、血圧を正常値まで下げることが目的ではありません。下げすぎると胎盤への血流が減り、赤ちゃんに酸素と栄養が届きにくくなるためです。「もっと下げたほうがいいのでは」と自己判断で市販薬やサプリメントを使うことは絶対に避けてください。

硫酸マグネシウム(子癇の予防)

重症の場合や子癇の危険がある場合、けいれん予防のために硫酸マグネシウムが点滴で使われます。使用中は体が熱く感じたり、だるさが出たりすることがありますが、これは想定された作用です。

「いつ産むか」はどう決まるのか

分娩の時期は、母体の重症度と、赤ちゃんの成熟度(妊娠週数)を天秤にかけて決められます。

  • 妊娠37週以降であれば、診断された時点で分娩に向けて進めることが多い
  • 妊娠34〜37週では、重症度に応じて分娩か経過観察かを判断
  • 妊娠34週未満では、可能な限り妊娠を継続しつつ、赤ちゃんの肺を成熟させるステロイド投与が行われることがある
  • 母体に危険が迫っている場合は、週数にかかわらず分娩となる

「あと2週間もたせたい」という会話が医療者間で交わされるのは、この1〜2週間が赤ちゃんの予後を大きく左右するためです。

入院費用と、使える制度

「管理入院」と言われたとき、多くの方が最初に不安になるのが費用です。ここは事前に知っておくだけで気持ちがかなり軽くなる部分なので、整理しておきます。

妊婦健診や正常分娩は自費ですが、妊娠高血圧症候群は「疾患」であるため、その管理入院・検査・治療・投薬には健康保険が適用されます。異常分娩となった帝王切開も保険適用です。

制度 内容
高額療養費制度 1か月の自己負担が上限額を超えた分が払い戻される。所得に応じて上限が決まる
限度額適用認定証 事前に加入する健康保険へ申請しておくと、窓口での支払いが最初から上限額までで済む。マイナ保険証を使えば申請不要で適用できる場合もある
傷病手当金 会社員・公務員などが、療養のため4日以上仕事を休んだ場合に受け取れる。産休前の入院期間が対象になりうる
出産育児一時金 出産時に支給される。直接支払制度を使えば窓口での立替が不要
医療保険(民間) 加入している場合、入院給付金・手術給付金の対象になることが多い。証券を確認しておく

特に限度額適用認定証は「入院する前に」申請しておくと窓口負担そのものが軽くなるため、入院の可能性を告げられた時点で加入している健康保険(協会けんぽ・健保組合・国民健康保険など)に連絡しておくことをおすすめします。個室を希望した場合の差額ベッド代は保険適用外なので、その点だけ確認しておいてください。

上の子がいる場合・里帰り出産はどうなるか

妊娠高血圧症候群の入院は、「今日から入院してください」という形で急に決まることが少なくありません。上のお子さんがいる方は、この点を事前に想定しておくと慌てずに済みます。

  • 急な入院に備えて預け先を複数用意しておく:家族・親族に加え、自治体のファミリー・サポート・センター、一時保育、病児保育の登録を先に済ませておくと安心です
  • 入院バッグを妊娠30週ごろまでに用意しておく:産後用ではなく「管理入院用」として、着替え・洗面用具・血圧手帳・母子健康手帳・保険証をまとめておきます
  • パートナーと役割を具体的に決めておく:「入院になったら誰が保育園の送迎をするか」まで詰めておくと、当日の混乱が減ります

里帰り出産については、状態によっては移動そのものが勧められないことがあります。長時間の移動は血圧を上げる要因になりますし、重症化した場合はMFICU(母体・胎児集中治療室)やNICUのある高次医療機関での管理が必要になるためです。里帰りを予定している方は、血圧を指摘された時点で、現在の主治医と里帰り先の両方に早めに相談してください。転院のタイミングが遅れると、受け入れ先の調整が難しくなることがあります。

日常生活で気をつけること|塩分・体重・血圧測定

塩分は「控えめに、でも極端に減らさない」

妊娠高血圧症候群における塩分制限は、1日7〜8g程度が目安とされています。これは日本人の平均摂取量(約10g)よりは少ないものの、極端な減塩ではありません。

かつては1日5g以下といった厳しい制限が行われていた時期もありましたが、妊娠中の極端な減塩は循環血液量を減らし、かえって胎盤への血流を悪くする可能性が指摘され、現在は推奨されていません。「塩を一切使わない」ような対応は避けてください。

実践しやすい工夫としては、以下のようなものがあります。

  • 汁物は1日1杯までにする(味噌汁・スープは塩分が多い)
  • 麺類のスープは残す
  • だし・酸味(酢、レモン)・香辛料・香味野菜で味に変化をつける
  • 加工食品(ハム、練り物、漬物、インスタント食品)の頻度を下げる
  • 調味料は「かける」より「つける」
  • 栄養成分表示のナトリウム量を確認する習慣をつける

極端なカロリー制限・水分制限はしない

体重増加を止めようとして食事量を大幅に減らす方がいますが、これは赤ちゃんの発育に直接影響します。特に妊娠高血圧症候群では胎児発育不全のリスクがすでに高いため、栄養不足が加わることは避けなければなりません

また、むくみを気にして水分を控える方もいますが、妊娠中の水分制限は行いません。血液が濃縮して血栓のリスクが上がるためです。喉の渇きに応じて通常どおり水分を摂ってください。妊娠中の食事全般については 妊婦が食べてはいけないもの一覧 もご参照ください。

体重管理の考え方

妊娠中の推奨体重増加量は、妊娠前のBMIによって異なります。「増やさないこと」ではなく「推奨範囲におさめること」が目標です。急激な増加(1週間で500g以上)に気づけるよう、自宅でも週1回、同じ条件で体重を測る習慣をつけると安心です。

安静・睡眠・仕事

横になって休むと腎臓や胎盤への血流が改善し、血圧が下がることがあります。特に左側を下にして横になる(左側臥位)と、大きくなった子宮による血管の圧迫が減り、血流がよくなります。

仕事をされている方は、無理を続けないことが何より大切です。母性健康管理指導事項連絡カード(母健連絡カード)を医師に記入してもらい勤務先に提出すると、事業主は男女雇用機会均等法にもとづいて勤務時間の短縮や休業などの措置を講じる義務があります。「言い出しにくい」と感じる方が多いのですが、これは妊婦さんに認められた制度です。健診時に医師へ相談してください。

減塩を意識した和食の献立。焼き魚・野菜の小鉢・汁物・雑穀ごはんが器に並ぶ食卓を真上から見た様子

予防のためにできること

胎盤の形成という根本部分をコントロールすることはできないため、確実な予防法はありません。それでも、リスクを下げるためにできることはあります。

妊娠前の体重と持病のコントロール

妊娠前のBMIを適正範囲(18.5〜25未満)に近づけておくことは、もっとも効果が期待できる準備です。また、高血圧・糖尿病・腎臓病・甲状腺疾患などの持病がある方は、妊娠前に主治医と産婦人科医の両方に相談し、薬の見直しを含めた計画を立てておくことが理想的です。

低用量アスピリン療法

ハイリスクと判断された方に対して、妊娠初期(おおむね12〜16週ごろ)から低用量アスピリンを内服する予防法が行われることがあります。胎盤の血流を改善し、発症率を下げる効果が国際的な研究で示されています。

ただし、これは医師の判断のもとで行われる治療です。市販の解熱鎮痛薬を自己判断で飲むこととはまったく別のものですので、絶対に自己判断で始めないでください。ハイリスクに該当するか気になる方は、妊娠初期の健診で相談してみてください。

その他

  • カルシウムの摂取:摂取量が少ない方では、補充により発症リスクが下がる可能性が報告されています
  • 適度な運動:医師の許可があれば、ウォーキングなどの軽い有酸素運動を継続する
  • 禁煙:喫煙は胎盤の血管に直接ダメージを与えます
  • 健診を欠かさない:症状のない段階で見つけるための唯一の手段です

産後はどうなる?将来のリスク

多くは産後12週までに改善します

胎盤が出ることで原因が取り除かれるため、血圧は産後数日から数週間かけて徐々に下がっていくのが一般的です。定義上も「分娩後12週まで」が妊娠高血圧症候群の範囲とされており、この時期を過ぎても高血圧が続く場合は、もともとの高血圧として内科での管理に移行します。

産後こそ油断できない時期でもあります

意外に思われるかもしれませんが、子癇やHELLP症候群は産後にも発症します。産後数日以内に起こることが多く、産褥子癇と呼ばれます。

退院後に、強い頭痛・目のちらつき・みぞおちの痛み・けいれんといった症状が出た場合は、「もう産んだから大丈夫」と思わず、すぐに出産した施設へ連絡してください。新生児のお世話で自分の体調は後回しになりがちな時期ですが、産後2週間程度は自分の血圧も測り続けることをおすすめします。

将来の高血圧・心血管疾患リスク

妊娠高血圧症候群を経験した方は、そうでない方に比べて将来的に高血圧・脳卒中・心筋梗塞などを発症するリスクが高いことが、複数の大規模研究で示されています。

これは不安をあおるための情報ではありません。むしろ「自分は将来リスクが高いと、若いうちに知ることができた」という価値のある情報です。年1回の健康診断で血圧・血糖・脂質を確認する、家庭に血圧計を置いておく、体重と運動習慣を整える——この3つを続けることで、発症を大きく先送りできます。

次の妊娠での再発

再発率はおおむね15〜25%程度と報告されており、重症だった方や早い週数で発症した方ほど高くなります。次の妊娠を考える際は、「前回、妊娠高血圧症候群でした」と初診時に必ず伝えてください。ハイリスクとして早期から管理され、低用量アスピリン療法の対象になることもあります。

よくある質問

Q 妊娠高血圧症候群は治りますか?

A.原因が胎盤にあるため、出産して胎盤が体から出ることで根本的に改善します。多くの方は産後12週までに血圧が正常化します。妊娠中の治療は「治す」ためではなく、赤ちゃんが安全に生まれられる週数まで母体の状態を安定させることが目的です。なお産後12週を過ぎても高血圧が続く場合は、内科での継続管理に移行します。

Q 血圧が高いと言われましたが、体調はまったく悪くありません。本当に危ないのですか?

A.妊娠高血圧症候群は初期にほとんど自覚症状が出ないことが特徴です。体調が良くても数値が基準を超えていれば管理が必要であり、「症状がない=軽い」ではありません。むしろ症状が出てからでは進行していることが多いため、無症状の段階で見つかったことは幸運だと考えてください。

Q むくみがひどいのですが、妊娠高血圧症候群でしょうか?

A.むくみは現在の診断基準には含まれていません。妊娠後期の足のむくみは多くの方に見られる生理的な変化です。ただし、顔やまぶたが朝からむくむ、1週間で1kg以上体重が増えた、指が曲げにくいほど腫れるといった急激な変化がある場合は、血圧・尿検査とあわせて評価が必要です。健診を待たず相談してください。

Q 塩分はどこまで減らせばいいですか?

A.1日7〜8g程度が目安とされています。極端な減塩(5g以下など)は循環血液量を減らし、胎盤への血流を悪化させる可能性があるため現在は推奨されていません。汁物を1日1杯までにする、麺類のスープを残す、だしや酸味で味に変化をつける、といった無理のない工夫から始めてください。

Q むくみが気になるので水分を控えたほうがいいですか?

A.いいえ。妊娠中に水分制限は行いません。水分を控えると血液が濃縮し、血栓ができやすくなるリスクがあります。むくみの原因は水分の摂りすぎではなく、血管から水分が漏れ出していることにあります。喉の渇きに応じて通常どおり水分を摂ってください。

Q 必ず帝王切開になりますか?入院は必要ですか?

A.必ずしもそうではありません。軽症で安定していれば自宅安静で経過を見ることができ、経腟分娩を目指せる方も多くいます。血圧が重症域に入った場合や、タンパク尿・血液検査の異常、赤ちゃんの発育に問題がある場合に入院管理となり、状況によって帝王切開が選択されます。判断は週数と重症度の組み合わせで決まります。

Q 妊娠前から血圧の薬を飲んでいます。妊娠しても大丈夫ですか?

A.降圧薬のなかには妊娠中に使用できないもの(ACE阻害薬・ARBなど)があるため、薬の切り替えが必要になることがあります。ただし自己判断で中止するのは危険です。妊娠を希望する段階で処方医と産婦人科医に相談し、妊娠中も使用できる薬に計画的に変更しておくのが理想的です。すでに妊娠がわかった場合は、できるだけ早く両方の医師に伝えてください。

Q 産後は血圧を測らなくてもいいですか?

A.産後も測り続けてください。子癇やHELLP症候群は産後にも発症することがあり、産後数日以内が特に注意すべき時期です。退院後に強い頭痛・目のちらつき・みぞおちの痛みなどが出た場合は、すぐに出産した施設へ連絡してください。産後2週間程度は自宅での血圧測定を続けることをおすすめします。

Q 次の妊娠でもまたなりますか?

A.再発率はおおむね15〜25%程度と報告されており、重症だった方や早い週数で発症した方ほど高くなります。次の妊娠では初診時に必ず既往を伝えてください。ハイリスクとして早期から丁寧に管理され、医師の判断で低用量アスピリン療法の対象となることもあります。妊娠前に体重を適正範囲へ戻しておくことも有効です。

まとめ|数値を「自分ごと」として持っておく

妊娠高血圧症候群は、妊婦さんの約20人に1人が経験する身近な合併症です。原因は妊娠初期の胎盤形成にあり、体重管理や塩分を頑張っていた方でも発症します。診断されたことは、あなたの努力不足を意味しません。

この状態でいちばん怖いのは、初期に自覚症状がほとんど出ないことです。だからこそ、健診を欠かさないこと、家庭で血圧を測って記録すること、そして危険なサインを知っておくことが、そのまま赤ちゃんとご自身を守る力になります。

この記事のポイントまとめ
  • 妊娠20週以降の高血圧が妊娠高血圧症候群。かつての「妊娠中毒症」にあたる
  • 診断基準は140/90mmHg以上。160/110mmHg以上は重症。上下どちらか一方でも該当する
  • むくみは診断基準から外れたが、急激な変化は要注意
  • 初期は自覚症状がほとんど出ない。健診が唯一の発見手段
  • 強い頭痛・目のちらつき・みぞおちの痛みは、すぐ連絡すべき危険なサイン
  • 原因は胎盤の血管形成。体重や塩分だけが理由ではない
  • 根本的な治療は出産のみ。妊娠中の管理は安全な週数まで時間を稼ぐことが目的
  • 塩分は1日7〜8gが目安。極端な減塩・水分制限は逆効果
  • 産後も子癇・HELLP症候群は起こりうる。産後2週間は血圧測定を続ける
  • 将来の高血圧・心血管疾患リスクが高いため、年1回の健診を習慣に

「これくらいで連絡していいのかな」と迷ったときは、連絡してください。産科のスタッフは、その電話を受けるために24時間体制でいます。数値を自分ごととして持っておくこと、そして遠慮しないこと。この2つが、無事にお産の日を迎えるためのいちばん確かな備えです。

この記事を書いた人

白石まい(助産師・フェムテックエキスパート)

産婦人科病院で13年間、助産師として延べ2,000件以上の分娩に立ち会う。生理・妊活・更年期など、女性のライフステージに寄り添った健康相談を得意とする。現在はフリーランス助産師として活動しながら、フェムテックエキスパートとして「女性が自分の体をもっと好きになれる社会」を目指してfemnoteで情報を発信中。

参考文献

  • 日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会「産婦人科診療ガイドライン 産科編」(妊娠高血圧症候群の項)
  • 日本妊娠高血圧学会「妊娠高血圧症候群の診療指針」
  • 日本産科婦人科学会 一般の皆さまへ「妊娠高血圧症候群」
  • 日本高血圧学会「高血圧治療ガイドライン」(妊娠高血圧症候群の項)
  • ACOG (American College of Obstetricians and Gynecologists) Practice Bulletin "Gestational Hypertension and Preeclampsia".
  • 厚生労働省「母性健康管理指導事項連絡カードについて」